2026年1月24日(土)から2月21日(土)まで開催の写真展「WONDERLAND for parade」の初日に、ネイチャーフォトグラファーの岡田裕介さんのトークショウを行いました。その模様をお届けします。

日時:2026年1月24日(土)午後3時から
場所:本と喫茶パラード
岡田裕介プロフィール

埼玉県生まれ。2003年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。沖縄・石垣島、ハワイ・オアフ島への移住を経て現在は神奈川県の三浦半島を拠点に活動中。 水中でバハマやハワイのイルカ、トンガのザトウクジラ、フロリダのマナティなどの大型海洋ほ乳類、陸上で北極海のシロクマ、フォークランド諸島のペンギンなど海辺の生物をテーマに活動。2009年National Geographicでの受賞を機に世界に向けて写真を発表し、受賞作のマナティの写真は世界各国の書籍や教育教材などの表紙を飾る。温泉に入るニホンザルの写真はアメリカ・ スミソニアン自然博物館に展示。国内でも銀座ソニーアクアリウムのメインビジュアルをはじめ企業の広告やカレンダーなどを撮影。また、辻仁成・GLAYなどのミュージシャンのライブ撮影も行い、WEB、広告、雑誌などに作品を発表している。
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「まだ見ぬ自然に出会いに世界を旅したいと思ったんです」
パラード店主(以下店主):今日はみなさんご来場いただきありがとうございます。そして岡田さん、登壇ありがとうございます。
岡田裕介さん(以下岡田):こちらこそ。皆さんどうぞよろしくお願いします。もしかしたら僕のこういうトークショウとか、前にも来ていただいた方もいらっしゃるかもしれませんね。
店主:今日は写真との出会いから今回の展示作品「WONDERLAND」のお話までいろいろ伺いたいと思います。もともと高校時代はラグビーをやっていたんですよね?
岡田:そうです。結構本格的にやっていて、全国大会にも出場しました。僕は埼玉出身で、いわゆるベッドタウンの新興住宅地で芸術には無縁の家庭に育ったけど、本だけはすごく読んでいたんですね。親がおもちゃとかゲームとかは買ってくれないけれど、「本ならいくらでも買ってあげる」という教育方針で。学校の帰りに本屋に寄って、椎名誠の冒険小説とか沢木耕太郎の『深夜特急』に夢中になったり、辻仁成の『海峡の光』という作品にぐっときたり。
店主:写真に興味を持ったきっかけは?
岡田:高校の時に、修学旅行で中国に行ったんです。それが初めての海外で、街にはいろいろな民族衣装を纏った人がいたり、ホテルの窓を開けると下に見える道路に人民自転車がうわーっと走っていたり……見たことのない風景にカルチャーショックを受けたんですね。数年前に同じ街に行ったら、あの道路にフェラーリやらポルシェやらが走っていてそれはそれで衝撃を受けましたね。それで、修学旅行の行程のひとつで戦争の記念館に行ったんです。僕らラグビーばっかりやってた男子高校生たちは全然興味を持てなくて、みんなでただだらだらと歩いていたら、一枚の写真が展示してあったんです。そこで全員が足を止めて。立ちすくんだというか。そこに写されている情景の悲惨さを感じただけでなくて、その一枚の写真から自分の家族のこととかいろんなことを連想したんです。それが強烈な体験として残りました。あれが、写真との出会いだったと思います。
店主:そこから、一ノ瀬泰造とかロバート・キャパとかに興味を持って、フォトジャーナリストを目指したという。
岡田:そうそう。カンボジアの孤児院とか行ったんですけれど、苦しんでいる人とか悲しんでいる人にカメラを向けられなかった。勇気や覚悟が足りないのかと悩んだんですが、今思えば、なんというか適正がなかったんだと思うんです。
店主:写真家のキャリアとしては、写真学校を経てファッションやポートレートを撮る写真家のアシスタントにつかれたわけですが、そこから今度どうやって野生動物や自然に出会うことに?
岡田:独立して、その当時はまだ雑誌が元気で、ありがたいことにいろいろお仕事をいただいていたんですが、何を撮ったらいいかわからないままで。すごく覚えているのが、あるファッション雑誌の撮影で編集者さんとスタイリストさんが、モデルさんに着せた服の襟を立てるか立てないかを相談していたんですね。僕はカメラのこっち側でそれが決まるのを待っていたんですが、編集者さんに「岡田さん、どう思います?」って聞かれて、どっちでもいいって思っちゃったんですよ。それって、だめだなと。そういう細部にこだわれない自分はこの世界では絶対に上にはいけない、と。そんな時に、誘われて旅行に行った先で、ダイビングをしたんです。めちゃくちゃ天気の悪い日で、面倒臭いしやりたくないなあという感じだったんですが、もう明日帰るし、やってみた方がいいよ!と誘ってもらって。そして海に潜ってふと見上げた景色がものすごく美しかったんです。大雨だったんですけど、雨が水面に刺さってくるんですね。その風景にすごく感動して、同時に自分の知らない世界があることに気づかされて……「まだ見ぬ自然」に出会いに世界を旅したいと思ったんです。
店主:それを「撮る」というのはいつから?
岡田:ダイビングが楽しくなってすぐにコンパクトカメラを持って潜るようになったらそれがまた楽しくて。思えばもともとラグビーに夢中になっていた僕は、自分が体を動かしながら、動き回る生き物を撮影するスタイルが性に合っているし、そういうふうに撮ることが好き、得意だなということに気づいて。そこからのめり込んでいった感じですね。

©️Yusuke Okada
「オレンジからピンク、紫に紺とゆっくり移り変わる空があまりにも美しくて」
店主:今回は、写真集にはまとめられていない作品「WONDERLAND」から9点を展示していますが、この作品は北極海のシロクマの姿を捉えた作品です。これは2012年に撮影されたものですよね。
岡田:そうですね。写真集にまとめていない理由としてひとつは、撮影日数が極端に少ないから。他の与那国の馬とかペンギンとか作品集にまとめているものって、最低でも数ヶ月、ライフワークのように何年もかけて何回も訪れて撮影した膨大な写真から選んでまとめているんですが、この「WONDERLAND」は撮影日数がたった1日だけなんです。
店主:でもそのたった1日の美しさが凝縮されているような気がします。場所は、アラスカのカクトヴィック(Kaktovic)というところですよね。さっき調べたら、住民が300人弱という、本当に極北の小さな集落。
岡田:イヌイットの人たちが暮らす村なんですが、捕鯨が認められていて、年間2頭とか3頭とか決められた中で捕鯨を続けているんですね。クジラを浜で解体し、残りをそこに置いておくとシロクマが食べにくるわけです。そういうふうに、人とシロクマが共存関係にある場所で、シロクマを見れるということで観光客も訪れていましたが、コロナとオーバーツーリズムをきっかけに観光で訪れることができなくなりました。
店主:これは季節はいつごろですか?
岡田:夏の終わりですね。9月20日でした。
店主:作品のステイトメントには「奇跡の1日」という言葉がありますが、奇跡というのはどういうことだったんですか?
岡田:まずはこの年はクジラが獲れて、シロクマたちも健康状態が良かったということ。人間が十分にクジラが獲れなかった年のシロクマは食糧不足で痩せてしまうそうです。そして何と言っても、朝から全然風のない穏やかな日だったということ。海がまるで鏡のように空を映すような好天でした。地元の人たちが「こんな天気は滅多にないよ! 奇跡だよ!」というくらい。
店主:これらの写真は船から撮影しているそうですね。
岡田:はい。ガイドさんと漁船を出してくれたイヌイットの船長さんに連れて行っていただいて、シロクマからだいたい10〜20mくらい離れて船の上から撮影しています。基本的に僕は、なるべく近くで一緒に過ごしながら撮影したいっていう思いがあって、ペンギンの時なんかはフォークランドのペンギンたちのいる島にテントを張って数ヶ月一緒に過ごしながら写真を撮るんですが、シロクマはそういうわけにはいかない。船の船首に腹ばいになってカメラを構えていました。安全だという距離まで船長さんが寄せてくれて、シロクマが泳いで向かってくると船長さんは船を動かして一定の距離を保って。「これ、エンジン壊れたらどうなっちゃうんだろう」なんてことも思いながら撮影していました。
店主:何時くらいから撮影していたんですか?
岡田:最初は、昼過ぎから午後だけ数時間という約束だったんです。ところが、あまりに天気が穏やかでいいもんだから、船長が「今日の夕焼けは特別なものになると思うから、もう一回夕方に行こう」と言ってくれて。じゃあ、夕飯食べて6時半に港で待ち合わせということで一回別れたんです。そうして6時半に行ったらまだいない。待っていてもなかなか来ない。「日が暮れちゃう!」とめちゃくちゃ焦っていたら、船長がのんびりやって来る。「早く早く!」って急かしたら「大丈夫だよ」っていうんです。日本で生活していると、夕方って短いじゃないですか。夏でもせいぜい5時ごろから7時過ぎくらいでしょう? でも、当たり前なんですけど、夏の終わりの北極海はほぼ白夜なんです。ものすごくゆーっくりと時間をかけて日が暮れていくんです、美しいグラデーションの中。
店主:この一番日が暮れ切った風景(写真下)で何時くらいなんですか?
岡田:これで夜10時すぎです。はじめはオレンジ色だった空がピンク色になって、次第に紫になって、濃紺になって暗くなっていく。それがもうあまりにも美しくて。そして風がないほぼ完全な凪の状態なので、船を出すとその空が水面に写っているわけです。360度そのグラデーションに囲まれていて、あんまりにも美しくてもう、「あれ、ここ天国か?」と思っちゃうくらい。天国があるとしたら、こんな世界なんじゃないかと思いました。船長やガイドさんも大興奮で「すごいぞ、こんな日ないぞ! おまえはラッキーガイだ!」って。
店主:音は?
岡田:船のエンジン音だけで、エンジン止めるとシーンとしていましたね。
店主:シロクマは鳴かないんですか?
岡田:うーん、記憶にない。もしかしたら、10〜20m離れているから聞こえなかったのかも。

©️Yusuke Okada
「写真って、見てくれる人のものだと思うんです」
店主:この作品を発表したのは2023年、ソニーイメージングギャラリー銀座ででしたね。
岡田:発表まで10年ちょっとかかりました。やっぱり、ラッキーという言い方が正しいのかわからないけれど、実際にそういう1日にたまたま当たって、そういうたった1日で撮れたものを発表することに抵抗があったんですね。僕の中ではアラスカというと星野道夫さんという尊敬している存在があって、彼は移り住んで長い長い時間をかけて大切に撮影してきたわけです。それがひっかかって発表できなかった。
店主:どうして発表しようという気持ちになったんですか?
岡田:この「WONDERLAND」に先駆けて、2019年に初めてペンギンの写真で個展をやって、そのあとイルカとクジラの作品「これが君の声 青の歌」や、沖縄の与那国島の馬の作品「その背中を風が撫でて」を発表したんですが、在廊して自分の写真を見てくれるみなさんの姿を見たり感想を伺ったりしているうちに、僕のひっかかりとか葛藤って見る人には正直関係ないなって思ったんですよ。写真って、見てくれる人のものだなって。
店主:さっき、星野道夫さんの話が出たんですけど、星野道夫さんがエッセイに書いていることの一節が、岡田さんの写真が見る人にとってどういうものなのかを言い表しているように思ったんですよ。ちょっと読みますね。「……きっと人間には ふたつの大切な自然がある。日々の暮らしの中で関わる身近な自然、それはなんでもない川や小さな森であったり、風がなでていく路傍の草の輝きかもしれない。そしてもうひとつは、訪れることのない遠い自然である。ただ、そこに在るという意識を持てるだけで、私たちに想像力という豊かさを与えてくれる。そんな遠い自然の大切さがきっとあるように思う。」※ 岡田さんの写真は、もしかしたら一生訪れることがないかもしれないけれどアラスカの極北の地にシロクマが生きることを、その美しさを私たちに教えてくれて、そこに想いを馳せたり、想像したりする力を与えてくれると思うんですよね。あともう一点、この写真には、その天国のような美しさを宿す一方で、よく見るとクジラの大きな骨が転がっていたり、生と死が隣り合わせにあることを教えてくれる。それもまた魅力だと思っています。
岡田:野生動物と出会うと「わー!シロクマだ!」「わー!ペンギンだ!」って、最初は彼らばっかり撮ってしまったりすることもあるんですけど、僕はべつに野生動物を紹介したいんじゃなくて、撮りたいのはやっぱり美しい自然風景の中に生きる彼らの姿なんですよね。美しいフォークランドに生きるペンギン。美しい北極に生きるシロクマ。彼らの国に遊びに行かせてもらってそこでその暮らしを撮影しているっていう気持ちなんです。それでそういう時に改めて気づくのが、地球って人間だけのものじゃないなって。最近またフォークランドの“ペンギンの国”に行ってきたんですけど、あそこで各国の指導者たちが一回テントで過ごせば、感覚が変わるんじゃないかなって思うくらい。
店主:自分の写真を見てくれた人に、どんなことが伝わるといいなと思っていますか?
岡田:やっぱり今言ったような「地球は人間だけのものじゃない」ということもそうですが、世界は今自分のいるここだけじゃないって思ってもらえるといいのかなって。あと、僕の写真には僕の感情を載せて届けたいと思っていますが、それを見たみなさんが、自分の人生のワンシーンを思い出したり家族のことを想ったり、それぞれの感情を抱いてもらえるといいなと思っています。
店主:撮る時にそういうことを狙ったり考えたりはある?
岡田:いや、ない。撮影地に行ったらテーマも何も決めずまず心を開こうと思っていて。そこで過ごしながら入ってくるものを切り取っていく。それでそれらを集めて見返した時に見えてくるものが自分の作品なんだと思っているんです。自分で撮ったものを見返していて初めて、その時の気持ちとかが見えてくるっていうことがわかってきて。だから作品として発表する時には岡田裕介の気持ちとか感情が写真にのっかっているんだけど、撮っている時は無。
店主:なるほど。撮っている時は無で、撮ったものから岡田裕介の写真が形作られる。
岡田:そうですね。撮って集めてそこから抽出したものが、岡田裕介の馬、岡田裕介のシロクマ、岡田裕介のペンギンになる。僕の感動が写真の中に立ち現れてくるというか。
店主:どういうふうに作品として発表するものを選んでるんですか?
岡田:やっぱりまず自分で見て自分が揺さぶられるか。それから、妻も写真をやっているんですが、妻に見てもらって客観的な視点をもらう。さっきも言ったんですけど、写真は見る人がいてこそなので。
店主:どの写真も多分何の説明もなくてもハッとする。そういうのがきっと作品になっているような気がします。
岡田:僕としては発表して、見る人を通じて、自分の写真が進化しているような気がしますね。写真展や作品集、カレンダーなどいろいろな形で写真を発表していて、それぞれの写真を通じていろいろな出会いがあるんですが、それらに本当に力をもらっています。そういう経験をさせてもらっているので、これからも写真集とか写真展とか、もう頑張るしかないなって思っています。それは本当に幸せなことなんで。
店主:次はどこへ行きますか?
岡田:近年、ボリビアとペルーで撮影しているアルパカとリャマを新作として発表できればいいなと思っていて、2月の終わりからもう一度撮影にボリビアに行く予定です。最近、ますます旅が好きで、飛行機を降りて街を歩いているだけで本当に楽しいんですよね。
店主:でも街歩きしている時は全然写真を撮らないんでしょう?
岡田:撮らない(笑)。ワクワクはするんだけど、写真を撮ろうという気持ちにはならない。動物と対峙した時の緊張感がやっぱり好きなのかもしれないですね。
店主:なるほどです。さて、今日はこの辺でおしまいにしたいと思います。お聞きいただいたみなさん、どうもありがとうございました!
岡田:ありがとうございました。ぜひこの後改めて写真をゆっくり見ていってください。
※『アラスカ 永遠なる生命』(星野道夫、小学館文庫)36-37頁より

©️Yusuke Okada
(FIN)
